自己紹介

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縄文百姓芸術団あらえびす・代表。ボディワーク工房カンパニーハーツ主宰者。 北海道、稚内市生まれ。幼少より、いずれバレエや武術、アニミズム的なアート活動に繋がる生活所作を学ぶ。ダンサー時代、ブロードウェイにて振付補佐。その際に両足ハムストリングスを切断。二年間の治癒の過程で、独自の身体の使い方を見出し、現在の指導方法の基礎を築く。 現在、山形県沢渡部落に在住。アニミズム・アートを創作。音楽の作詞作曲も手掛け始める。他にも「奉納の舞」振付等、縄文百姓芸術団あらえびすの作品の総合芸術監督を務める。 連絡先 080-5139-6127  uchuujln@docomo.ne.jp

2011年1月30日日曜日

これまでの軌跡~2010年からのコンポジション・・・・・

サイエンスバレエとして20年前に東京北区で開設した
カンパニーハーツは、
プロアマを問わずに様々な分野の多くの方々に
長きに渡りお役に立てて頂きながら、
の研究の変化と様々な自然界の変化から
意識界の経済変化までがコラボレイションしながら

大田区のボディーワーク工房横浜スタジオ(現在も月八日稼働)

様々なネイティブ的生活の入門編が体感できた
自宅兼の南箱根スタジオ~現在の山形スタジオ,
山形県東根あらえびす部落塾、
全国各地(兵庫、大阪、名古屋、三島,高知)の月一の教室、
年数回の海外でのクラスと大忙しで飛び回りながら,
東北から全国に新しい風を起こしたく、
中台八葉の地「出羽」をスタート地点に定め、
森林ワークや沢渡部落での奉納の舞い~
様々な新しい視点での舞台、路上作品制作、

宮沢賢治の世界を
暮らしの中から身に付ける部落塾ワーク、
新しい形での農商業などを企画実践して、
最上川の流れの様に
意図せずに自然体で融合されていく道を
ただただ進化し、歩み続けております。

様々な企画ワークや全国のクラスのレッスンで、
流動的全体を流動的なまま扱う事で、
依存しないで様々な問題に対し先にゴールを設定せず
フットワーク軽く、起承転結できる己の心体の存在にそろそろ本気であなた自身が出逢う時ではないでしょうか。


東出 融
 レッスン及び各種ワーク、各作品参加、内容質問などの
お問い合わせ 
テレフォンナンバー、メールアドレスに
080-5139-6127  uchuujln@docomo.ne.jp

百姓芸術団あらえびす・・・百のアイテムを流動的全体として螺旋での稼働を試みる実践塾

中心をずらさないで動ける心体を持ち始めたら、
次はその心体どうしで関わりを創りながら
全体としてのムーヴメントを生み出して行ける
様々な実験活動の<場>の提供として創作しました。

ここではダンスや音楽、語りの枠を超えた
様々な作品の実験創作発表、森林農部落などの
全く新しい形での活用、
八識全てを洩れさずに使うアート的心体からのみ生み出される
新しい形での起業活動etc、
一定の代表者を持たずに全体で全体を運営していきながら、
それぞれが補完しあい、
螺旋形で関係が生み出されていく
新しい社会構造を実践実験することで、
大脳的二者択一思考社会からの脱却を
庶民的に楽しみながら目指して行く<場>であります。

あらえびす公式ホームページ http://alaebisu.com

<装置化する心体が生み出す全体世界への誘い> ンパニーハーツ ボディーワーク工房・・・リバーシブルボデイーワーク&バレエダンス

<己の心体を己が巧みに操る>

二つの無意識化も含めた八つの意識を繊細に組み合わせ、
背骨部位と骨盤、胸郭内部を立体抽象動画映像にて
拮抗させることを可能にしながら
(これだけの解体では済まされないほど実際は解体していき始めて行き着く拮抗でありますが)
一度とことんまで解体した全てを再構築し直します。

生まれたて頃当たり前に持っていた自動的な全体として、
比べずに扱えたシステムを、
体という装置を通して再訓練する事で
心と体、右脳と左脳、大脳と小脳,
視覚と聴覚、嗅覚と聴覚などの隙間に、
意識界の世界にいながら
殆ど筋肉の動きを感じさせない動きを
感じる事が可能なシステムを身に付けて頂いております。

即ち
産まれたての頃の思考形態と繋がる心体を
再獲得するレッスンであります。

それこそが本来の現代アートの意味であるにも関わらず
解らなくてよいと言う位置に鎮座している
アートや仏教や科学の指導者が非常に多い中、
一方では己が今解らないものに真摯に向き合い学ぼうとする姿勢(これだけが唯一日本が辺境の民であるからこそ優れていた世界に誇れる特性だと私は認識しております)、

即ち
解りやすい技術を学ぶ事が学びではなく、
師からの意味不明な申し出から弟子が自らの頭で学び、
自らを導く力を獲得する事が学び

と理解出来る日本人が皆無に等しい状況にいる事に
大変な危機を感じております。
だから落語にあるように師はバカでも構わなかったのであります。今、日本は方弁を言語化出来る師とそこから学べる弟子がいなくなってしまったのではないでしょうか。

その形態から生まれる力を蘇らす事をレッスンの目的に置き、
其処から生まれ出たものでしか
今の閉塞した人類に関わる様々を再発掘できないのではないかと感じております。