<己の心体を己が巧みに操る>
二つの無意識化も含めた八つの意識を繊細に組み合わせ、
背骨部位と骨盤、胸郭内部を立体抽象動画映像にて
拮抗させることを可能にしながら
(これだけの解体では済まされないほど実際は解体していき始めて行き着く拮抗でありますが)
一度とことんまで解体した全てを再構築し直します。
生まれたて頃当たり前に持っていた自動的な全体として、
比べずに扱えたシステムを、
体という装置を通して再訓練する事で
心と体、右脳と左脳、大脳と小脳,
視覚と聴覚、嗅覚と聴覚などの隙間に、
意識界の世界にいながら
殆ど筋肉の動きを感じさせない動きを
感じる事が可能なシステムを身に付けて頂いております。
即ち
産まれたての頃の思考形態と繋がる心体を
再獲得するレッスンであります。
それこそが本来の現代アートの意味であるにも関わらず
解らなくてよいと言う位置に鎮座している
アートや仏教や科学の指導者が非常に多い中、
一方では己が今解らないものに真摯に向き合い学ぼうとする姿勢(これだけが唯一日本が辺境の民であるからこそ優れていた世界に誇れる特性だと私は認識しております)、
即ち
解りやすい技術を学ぶ事が学びではなく、
師からの意味不明な申し出から弟子が自らの頭で学び、
自らを導く力を獲得する事が学び
と理解出来る日本人が皆無に等しい状況にいる事に
大変な危機を感じております。
だから落語にあるように師はバカでも構わなかったのであります。今、日本は方弁を言語化出来る師とそこから学べる弟子がいなくなってしまったのではないでしょうか。
その形態から生まれる力を蘇らす事をレッスンの目的に置き、
其処から生まれ出たものでしか
今の閉塞した人類に関わる様々を再発掘できないのではないかと感じております。
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