自己紹介

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縄文百姓芸術団あらえびす・代表。ボディワーク工房カンパニーハーツ主宰者。 北海道、稚内市生まれ。幼少より、いずれバレエや武術、アニミズム的なアート活動に繋がる生活所作を学ぶ。ダンサー時代、ブロードウェイにて振付補佐。その際に両足ハムストリングスを切断。二年間の治癒の過程で、独自の身体の使い方を見出し、現在の指導方法の基礎を築く。 現在、山形県沢渡部落に在住。アニミズム・アートを創作。音楽の作詞作曲も手掛け始める。他にも「奉納の舞」振付等、縄文百姓芸術団あらえびすの作品の総合芸術監督を務める。 連絡先 080-5139-6127  uchuujln@docomo.ne.jp

2011年3月4日金曜日

縄文百姓芸術団あらえびす百のアイテムを流動的全体として螺旋で稼働を試みる!

クラシックと言うルネッサンス的スタート地点からの脱却。



熊から王という、自然界も同等に含めた「採集狩猟時代」から、
人を中心に置いた位置にスタートがある
「クラシックルネッサンス~バロック~ロマン~モダンへの系図」

採取狩猟~バロックへの移行の実験活動という
壮大な遊びを試みる実践実験塾であります。
舞台や路上アートから、森と海の曼荼羅再構築。
果ては、バロック的経済再構築まで。

その方法の試み~新しい形の農森林経済再生へどうジャンプするのか?


あらえびすで考える健全で希望を感じる祭り とは・・

2010年。
様々な方とのパネルデスカッションをし、
健全な食や環境を、ゴールを設定しないで
語り合う場を立ち上げ、
あらえびすの作品を上演いたしてきました。

その場<沢渡>に
まずは、日本のアーティストを呼び入れ
将来的には海外から、一般~プロまでの幅広く募り、
踊りや、歌や、美術etc
分野を超えた作品発表の<場>としての
祭りを<ナチュラルアートフェスティバル>として
開催すると共に、
作品優勝者が一年間のリーダーとなって
一番実現したい地球の仕事を
皆で人力や知恵を、
様々に出し合い実行していく



<移動可能なコミュニティー>


として育てていきたいと考えております。



個人、チームどちらの場合も
様々な発表の場が約束されるだけでなく、
活動の資金援助が、
ささやかではあっても


受けられる等の、システムを考えております。


また中台八葉の地が持つ力が、
如何に人間に影響を与えているか。という事や

リニューアルした信仰心や八識を、
如何に、上手く使うか。等の

知識を盛り込みながら、

心体の使い方で、多方面への改善データーを持つ
私の「知」も、恥ずかしながら活用させて頂き、
個人レベルで、地球全体を良くしていける様な
祭典に育てていきたいと考えております。

その為には、地元の方々との
部落寄り合い的・日常的な、ささやかな積み重ねなくして
実現は不可能であると考えております。

その為に大上段からの活動と共に
一番、稚拙な活動のコラポレイションが必要であります。
その為の<人と場>を北海道から沖縄まで探していた私は、
様々な年齢層が参加して成り立っていた
よさこいチーム<いでは組>。
その参加者の全てに惚れてしまいました。

又、そこに若いながら、
アイヌ的限界集落日常体験を幼少から当たり前に持っている
東海林牧人君にも完全に惚れてしまったのです。

もちろん、山形に、東根に、泉郷の部落限界集落にも。

そこで、箱根の新築に近い家を処分して
山形東根に移住してしまいました。
せっかくなら、更なる部落的生活に入るべきと想い、
古い廃屋を買い、
其処を<みんなの家>として解放にも踏み切りました。

そうして其処で、パン屋や、隠れ蕎麦屋、
山形市でカフェもオープン予定であります。

その<場>こそが
地元の方々と肩を突き合わせて、
大きな活動にも繋がるための、
大事な大事な<
寄り合い会場>であり、


<あらえびすブログ>での予告にある、
町場に、<場>を無形に近い形で実現する為の
屋台カフェの計画にも繋がっていくのであります。

「芸術と社会とを結ぶ」を、
いち早く実行していたのが、メンデルスゾーンでした。



私たちもそれに負けないように活動してまいりますが、

今、エネルギーから食糧自給率まで、

たくさんの問題が山積みな中、

私たちなりに一生懸命様々な角度から勉強した結果、

後五年で石油が底が見え始め、

間違いなく出し渋りになり、相当な高騰が予測されます。


多分飛行機などは、

一時期乗れないことになると感じております。

太陽光発電も風力も、僅かな助けになる位にしか見込めません。

これに関しましては紙面に限りが有る為、私に直接お訊ね下さい

そうなると、

石炭が一番主要なエネルギーになるであろうと

予測されています。

(現在、3000年は供給可能だと報告されております。)



まさか石炭をくべて車を走らせたり、

飛行機を飛ばしたりは不可能な為、

液化することが必要であります。



しかし、まだまだ直接お金儲けに繋がらないので

様々な企業は研究に重い腰をあげていません。

科学者の予測では、液化し、効率の悪い石油として

原料からエンジンまでリニューアルするまで

十五年はかかるのではと予測されています。


そうなると、気になるのが

日本の自給率の極端な低さであります。



その間十年、

海外からの食糧調達はまず望めないのではないか、

と同時に

小氷河期に地球が向かい始めたら、

暖房燃料も不足が予想されます。


この状態を、まず乗り越える為に

私達が私達レベルで出来ることはやろうじゃないかと、

ささやかながらも自給率を高める活動に

この五年間は目標を絞っております。



科学者の素晴らしい知恵で、

今、二百海里や温暖化を逆手に取り

この危機を海で農作物を育てる研究も進められておりますが、




我々凡人はそのような技術が現実になるまでの間、



如何に醜い食糧争奪戦を回避して


狩猟民の知恵で分け合い、


且つ様々な可能な場で百姓的農を実行しながら、


ささやかに残る僅かな経済と共に生き残り、


どうにかして


海資源での米、


野菜作りの技術革新と液化石炭


それに伴う、様々なソフト開発のシフトチェンジを



待つかしかないのではないかと感じております。



だからこそ、先ずは

分け合える心体脳のリニューアルとしてのレッスンを通して

無意識化の数学と、無意識化の神話の再構築する必要があります



それは

あらえびす(新未開の民)としての進化に導くワークレッスンであり、その人達で構成されていく、
あらえびす芸術団による

様々な新しい意味での芸能復活の活動であります。



又、

食糧自給率を高める為、

使われていない田畑の再生を

皆が心底やりたいと思って参加できる

新しいシステム創りと

ぎりぎり自然相手に生きていける知識を持つ

数少ないお年寄りからの、

様々な

知恵の伝授を体系化する必要があります。





岡本太郎先生が、この時代をはるか前に察知して、

大阪万博を逆利用して、

世界のネィティブ難民が、

自らの先住民の知恵を習えるシステムとして

新しい形態の博物館を用意されたことに

頭の下がる想いであます。



その弟子にあたる、故・荒川修作先生などが

脳科学者の茂木さんを業界に押し出し、

一般人の脳の進化を則す活動を密かに企てているあたり

流石に、世界に誇るアート建築家であると感じております。



話が少し飛びましたが、

「あらえびす」の当面の目標は

自給率を、その時まで僅か1%でも高める為の

関連した様々な切り口からの実験活動と、

既に様々に活動しながらも

なかなか大きな結果を生めない

国内団体を全体として繋げ、

さらには、国境を越えてまで繋がれる

新しい関係をアートをツールに繋げていく事であります。

それ自体が、争わずに
他国から日本を守れるものに
育っていくはずだと信じております。


これから、端山を、
新しい形のコミュニティーの里山として
守りながら
そのコミュニティーに
たくさんのアーティストや職人による
住居兼ショップを開き、
それぞれの作品を東京・大阪・京都の都市にて
販売できる為の箱物を構築し、

自然環境が厳しい生活や、里山を守る精神から生まれる商品
だからこそ経済が成り立っていく図式を完成させます。

たとえば、
素晴らしく人のハートをくすぐるロックバンドがいるとします。
素晴らしく人のハートをくすぐる料理があるとします。
素晴らしく人のハートをくすぐる刃物があるとします。
クラフト作品があるとします。

消費者がその商品の影にあるハートを理解しようとしていくと、
そこに端山信仰によるたくましい生き方から生まれた
強い精神の所在を知る事により、

購入された方々が
CD、DVD、パン、クラフト作品etc
を通して、端山信仰による生きるためのエネルギーに興味を持ち、
里山が復活していく新しいスタイルを構築し、
そこから生まれる収益により
里山を守っていく循環を
どうにか2011年中に目に見える形で構築したいと思っております。

資金源的にも、弱小な私たちなので
言葉は大変幼稚ではございますが
「塵も積もれば山となる」
と言うように
皆様方の中に
少額でも私達の活動に興味を持ち
ご協力していただけたならば幸いです。

この里山を舞台としたマンガをヨーロッパで刊行したり、
ふたつの水源地から湧き出る水を
今までとまったく違う形で販売したりetc

お互いに保管し、資金的にも自立自活しながら
永続的に自然環境を守り
経済をも発展していく新しい仕組みを
日本の小さな里山部落から世界に発信していくことで
新たな形で集まる観光業も成り立っていくと考えております。



あらえびすが今後行っていく、
様々な活動をご紹介してまいりました。
活動内容が多岐に渡る為
一見、それぞれがバラバラと繋がりのないように
感じられるかもしれません。

これらは、今までの記事にも書きました通り、
人間が、地球上の一生命として生き抜く為の
衣食住、生活形態・経済・芸術・・
すべてのシステムの大転換と創作を行うに当たって
ひとつも欠けてはならないものなのであります。

自給率を僅かでも上げ、停滞する現状から打破することは
勿論ですが
一時回避的なものでは、全く意味がないのです。

千年先に繋がり、
結果の出る環境・システム作りをしなければなりません。

本能への原点回帰と、進化の促進と適応
両方をバランスよく行う為には
自身の本能レベルの可能性を信じ
且つ、
自身の自然における非力さを知った上で
謙虚である必要があります。

自分だけが満たされていればいいと言う生き方は
そろそろやめませんか?
人間本位・自分本位の考え方にしがみ付くのを辞めることは、
結果、取り巻く世界に対し広く目を向けることになります。

地球が誕生してから、現在に至るまでの軌跡

先祖の、死と誕生の繰り返しによって生まれた
「現在」という時間軸に存在する
自分自身を捉え
子孫たちが生きる
「未来」という時間軸を想像して生きることは、

おおきな流れの中にいる、
ちっぽけ存在の、大きな可能性を秘めた一生命体として
自分を認識した上で
生きる覚悟を持つこととなり、
身体、精神構造を安定させさせることに繋がります。


心意気と覚悟


昭和30年代まで
まだ里山の生活者にあったような

自然に対して謙虚だからこそ生まれた温かく広い心、
『日本人の心』

1870年代、渡英した夏目漱石が、
その頃、イギリスでの公害や生活に苦しむ人々の姿から
経済成長方向のみ進む行く末として
日本の未来に不安を抱いたように。

1890年、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が来日したとき
初めて見た、その細やかな神経に
すべてに開かれ温かな気で、知らぬ相手をも包む
日本人の所作に感動し、

「これからヨーロッパが目指すのは日本ではないだろうか」
という思いを持たせた
無形ではあるが世界に誇れる広い心、
この心が、世界で着目され
経済さえも動かしていくと確信しています。

世界初の里山部落から起きる
民とも公とも言えない
新しいバロックが
様々な、自然や、経済の息詰まった他国へ広がり
世界中の子供たちが笑顔を失わず生きていく姿が
私の脳裏に今しっかりと、まるで現実のように見えております。

みなさんもご存じのように、
2010年熊の異常な数の下界への出没現象が
日本全国中に表れてまいりました。

いよいよ熊を筆頭にイノシシからサルまで、
今後たくさんの数が、
食糧としての人間に襲い掛かってくる前兆だと、
部落の土着知識人は認識されております。

田舎都会に限らず
我々は普通に生き食べていく事さえままならない状況まで
いよいよ来ているのです。

熊の狩猟や、炭焼をいまだに実行し、楢系の木を守る。
山と動物とのバランスをとると言う
大切な自然界の仕事をする事で、
刻々と変化する自然環境を感じ生き、
結果
動植物も人間も守る生きる方を実行する為に

あえて部落に、いまだ張り付き暮らしている先人の言葉を
今こそ真摯に受取り、
人間の経済だけではなく
動植物も含めた全体のメッセージを
無意識をも含めた想像力でとらえ、
何かを実行して行かなくては、なりません。



おかげさまで
沢渡部落先住民の方々も全面協力体制になってきております。

また、私の活動に対する、様々な方々による投資も含め
ここまで活動を支えて下さった
官民の方々などにお返しするうえでも、
なんとしてもこの活動を形にしなくてはなりません。

僭越ではございますが、
なにとぞご協力のほどをお願いしたいと思います。

私、個人としても
五十代にして、去年また新たな新生児が誕生しました。
この子達にどうにか日本を残していきたい。
そんな熱い公私ともに燃えている私のハートを
ぜひともキャッチしていただきたい、
何卒よろしくお願い致します。

信頼関係を広める時期が満ちてきましたので
あらえびす&カンパニーハーツのホームページも
2011年に開設いたしました。

近い将来、
この沢渡が世界で一番始めに
の新しい社会形態を実現させ、
ある意味国や県から自立した場として育ち
そこに回復型老人ホームや
一過性ではない生きるための知恵と精神力を育て上げていく
オルタナティブな幼稚園から学校,
景観を乱さない大きさによるワーキングビューの宿泊施設etc
が出来、
里山に生きる人たちの心を学びたいと
国内外から、たくさんの興味を持たれ成り立っていく様が
私の頭の中で沸々と映像化されております。

2011年3月3日木曜日

日本から海外まで、様々な大脳仕訳的分野の垣根を越えてお伝えできるレッスンとは?


言語は、身体と繋がり始めて生きた言葉になります。

言葉の世界だけ、身体の世界だけでは、
健康な身体や脳の取得や、様々な分野の技術向上、
果ては社会構造の変革さえも手に入れることは
不可能だと私は信じています。

しかし、太古は様々な自然環境に適合しながら生き抜き、
その知恵を言葉を含めた所作として代々伝えていったことで、
自然に進化向上していけたのではないでしょうか。

現在、アスリートや職人や科学者やアート関係者以外の方々が、
生きるツールとしての所作を手に入れる事は
不可能に近い状況まで進み、
生きた知識が分断化されてしまいました。

ゴールや正解が先に用意されている為、
自分の頭でゴール設定して生きる事が不可能になり、
飼いならされた家畜のように生きていると言えます。

一度、とことん分解されたものを、
もう一度分解されていない所まで戻り、
やり直すには、大変な想像力と忍耐力が必要です。
私の様に、
怪我をきかっけに仕方が無い状況に追い込まれながら
「真実の身体所作」根気よくどうにか導き出せた者か、
(私もその一人と自覚しておりますが)
よっぽどの物好きにしか、
時間も含め様々が許されていない現実があります。

世の中は、意識界において成長すればするほど忙しくなり、
新しい「次」を生み出す事で経済がどうにか周る為、
留まることを許されず、
意識界一色の世界がここまで進行していったのだと
感じております。

私がやってきたバレエさえも、
本来
社会に発表したい何かがあって行っていたはずの発表会が、
毎年こなして消費するものに変貌していました。
それに気づいた時、
私は勇気を持ってバレエスタジオを閉じました。

「バレエを通じて、
未来に貢献していける心身進化脳体を
提供するものにリニューアルさせなくては」と
何かに突き動かされながら、
どうにかここまで線路をひいては機関車走らせ、
又線路を引く・・という作業の中、
いつの間にか分野を超え全体の職業になっていきました。

世の中は大変忙しく、理解しては捨てを繰り返すうちに
自然の一部であった人間は、
この長いゲームについていけなくなっていきました。

どうにか短期間は、
マッサージや旅行やイベント祭りやイベント芸術に
参加する事で誤魔化しが可能でありますが、
それ自体が更に分断を助長することになり、
そのイベント事も、
一生涯腰を据えて取り組むものには成長しませんので、
結果文化のレベルには到達しません。

ズレに気づかない若者が、
ズレを気づいて根をあげる壮年に変わり、
労働力として消費され、
家庭さえも全てがこの渦に呑まれ消費され始めていることに
とても怖さを感じております。

体も心も言葉も全てがバラバラになり、
問題が現れた後,
科学分野では、量子物理学から
マクロ的理解に学問も科学者も即座に変革出来ましたが、

その知識構造に気づかずにどっぷり浸かっている
一般社会の人間の大半が、
その変化に心身体変化を合わせられなくなってしまい、
迷路の遙か底へ沈殿し、
這いあがれずもがいている様々な状況が
浮き彫りになって来ているのではないでしょうか。

「私なりのささやかな職業ツールから、それをどうにか打破したい」
これが、私の夢であります。

なぜなら、今、
地球上の全員が狩猟採取的縄文百姓の民に戻っても、
日本ならば一億人が餓えてしまうからです。

人間が作り出した経済の仕組みは
大きく変化しなくてはなりません。
かといって全員が自給生活に入ることも許されない。

だからこそ、一方で新縄文民の暮らしを実践実験しながら、
新しい経済の形式さえも己で生み出すことに
チャレンジしていかなくてはならないわけであります。

そこで、新未開の民として明治維新の時代、
付和雷同的形態から生み出された西郷隆盛率いる西南軍に、
最後まで対抗した民が当時用いた「あらえびす」という名を、
再び世に生まれ出したく
活動グループの名前に用いた次第であります。

進化する為には、
自分の中にある「自然としての体と言葉」を
今一度繋ぎ合せる事で、
脳の進化を即していくことがとても重要だと信じております。

その入口である一番深層部に位置するインナーマッスルを
神経と感覚器官、演劇形態による立体抽象動画映像を
組み合わせて操れる様になる必要があります。

ここが操れるようになると、
体の全ての箇所にある骨の周りの微小な筋肉のみ
自動的に操る事が可能になります。

つまり大脳経由ではなく、小脳経由で身体を操れるわけです。
しかし、それでは「火事場のバカ力」を
自らの意思でコントロールして再現することは不可能になります。

つまり運を天に任せるしか方法が無くなるわけです。
(多分それが宗教を生み出したもともとの私たちの感覚だと感じております)

そこで小脳から大脳経由での無意識指令のデータを汲み取りながら、
意識界からの情報と融合させて変換させるシステムを認識し、
鍛えていかなくてはなりません。

それこそが普段感動した時に起こる体と心のシステムであり、
人類が四本脚から始めて立ち上がった記憶であり、
赤ちゃんが、這い這いから初めて立ち上がった時の
脳内記憶抽象動画構図ではないかと確信しております。

又それこそが感動のベースになる、
内部にある原初的立体抽象構造だと感じております。

私が日本全国から海外まで、
様々な分野の個人・団体を対象に、
体の記憶を無意識界から引き出し、
新たな形状で脳にインプットさせるレッスンの内容を
「心体ワーク」と呼んでいる理由は其処にあるのです。

小脳を通して大脳経由で身体を操るためには、
意識の構造を理解する事が大切です。

此処に関しては私が知る限り、「チベット密教のワーク」、又は、
体系化する事を意識的か無意識的かは定かではありませんが、
多分あえて求めていなっかったであろうと予測される
「狩猟採取型生活の知恵から自然発生した原始信仰」
(日本の場合は出羽三山を中心におく中台八葉の地に空海以前からあった山岳宗教)
をリニューアルした思考で理解する必要があります。

先ずは、無意識界の1つが
自己愛的な感情に繋がる仙骨前面の神経
・・・「未那識」と呼ばれているものの存在

身体部位では、私の知る限り
尾骨サイド両面にある神経から発する感覚
・・・「阿頼耶識」と呼ばれているものの存在


これらを知ることです。

ここがバレエなら、
プリエに入る初動の気持ちであり下丹田であります。

1つのエクスタシーの始まりであるのです。

「その気持ちを誰かと分かち合いたい」
その始まりが「阿頼耶識」の
極浅い部分の「新薫種子」と言われる感覚であり、
その位置は、仙骨後面になります。

ここが深い所まで達すると、
アメリカインディアンや、
日本ならば東北の民にいまだ存在する感覚となります。

七代先との対話に始まり、
更に奥に繋がる植物、動物、森や山、土、火、水、風、空、火 
それらにも、「心」があり「気持ち」があると感じ、
時空を超えて繋がり対話出来る感覚で有ります。

(地水火風空に関しては感覚器官と丹田との関係で初めて明らかになる感覚器官のベースであります)


この尾骨内神経が創る感覚を「本有種子」と呼んでおります。

禅などは、この深さを追及していると感じております。
残りは五感と五感が総動員されたときの第六感であります。
それは、
頸椎二番から腰椎五番までの神経から大脳経由の
発露であります。

此処を理解する為には、
日本古来の丹田と五感の関係により可能になる
半身の使い方を身につける必要を強く感じます。

なぜなら
右脳と左脳を、同時進行で使えなくてはならないからです。

ここで勘違いしやすいのが、身体両面を拮抗させて動きを止めてしまうことです。
まるで亀の甲羅のように
骨盤と肋骨、自我体と感情体にズレを造らない使い方を覚え、
身につけようとしてしまうのです。


しかし、これでは異なるものを甲乙つけず、
どちらも味わう事ができません。
大脳思考を、全く否定する生き方しか生み出されなくなり
地球上の全員が僧侶になってしまいます。

あまりにも面白味がかける生き方だと私は思いますが
如何ですか?

そこで、
右脳と左脳に起こる内部の動きの時間差を感じながら、
外部の動きを構築していくのです。

曲線の連なりである螺旋を、
体の左右に時間差を用いながら動く訓練をしてゆく。
(曲線を時間経過のもとに構築できるが小脳の働きになります)

これが私の言う「抽象立体動画映像の再送」なのです。

普通は無意識界から小脳経由で動きが現れ、
それを大脳が感知します。

熱い砂浜に知らずに足を置いたときの身体所作がそれです。

しかし、これらを再現する事は不可能になるわけです。
それをしようとすると
ある意味、
洗脳するかのようにストイックな状況を
集団として閉じ込め動くしかないのであります。

纏まってはいるが個性が見えない。
これは善悪どちらに転がっても
歴史が物語るようなポリス的社会形態であり、
イデオロギーからの脱出が不可能な
現代の行き詰った迷路の果てに
終焉してしまう以外に道が途絶えてしまうと感じております。

この図式は、バレエにも、祭りの踊りにもよく見受けられます。

依存しあうリーダーと周りでつくるマスターベーション的な集団。
関わっている全ての人が
気付かないうちにハマって最後は消滅してしまうのです。

消費されては消え、
そしてイデオロギー的発想から消費社会が生まれる。
逃げ場のないポストモダン社会の繰り返しの中に、
人も動物も植物も地球も呑まれてしまう事になるのです。

意識界に行き過ぎる結果、自然の脅威を忘れ、
自然の周期から生まれる
天変地異への畏敬の念が生み出す備えを忘れ去り、
突然の遭遇に慌てる・・

結果、
今の時空と繋がりのない安易な「阿頼耶識」が生み出す
オウム真理教の様な、
空中庭園的な一時避難サークルが、
山ほどこの世界に生み出されて行くのです。

しかし、気をつけなくてはならないのは
其処に所属しなかった我々が、
バレエや祭りの踊りというアート的趣味と呼んでいる物、
様々なボランティア活動、果ては生活の糧を得る職にさえも
その種が小さな芽を出して、
正統的なポストオウム真理教になろうと
無意識界で成長し続けている事に
気づいていない事実であります。

では、どのようにして行けば、
この連鎖から抜け出し新しい形態を生み出せるのでしょうか。


身体においては、
腰椎・頸椎の神経系を左右アシンメトリーに使うことになります。


縄文百姓芸術団あらえびすの活動内容文章に重複しますが、
先ずはヨーロッパ音楽の歴史からもう一度紐解いてみましょう。

ヨーロッパでは狩猟民から王の時代に移行し、
小さな国家が生まれていきました。
民衆の生活の中にあった文化が崩れ、
音楽から踊りなど全ての文化も王の元に集められました。

王様が気持よく生活が送れる為の演出に音楽が活かされ、
職業音楽家が誕生していきます。
画家も振付家も演劇戯曲家も演奏家も役者もダンサーも、
全ての文化が王の元職業化されていきます。

所謂、注文があって注文者の意向に沿って造る
デザイナーの出現になります。
このデザイナーからアーティストへの移行が、
王家が沢山あったヨーロッパから
いずれはEUへ移行する壮大な流れになっていくのであります。

この王様を煽てあげる音楽がルネッサンス音楽でした。

そこに一番初めに異議を申し出たのがバッハであります。
まさかトッカータとフーガでのんびり食事はできませんよね。
それがバロック音楽の始まりであり、
宗教が王にとって代わろうとする体制にぴったりだった為、
たくさんのキリスト宗教音楽が生み出されていくのです。

其処で、ベートーベンが
「宗教だけではなく人生そのものに流れがある。
王や貴族だけでなく全ての民に起伏がある」と
音楽で示し、ロマン派が生まれます。

その後、
もっと些細な人生の流れにも着目されモダン派が生まれます。

そして、ポストモダンを探した時、
王がスタート地点にある限界を感じ、
狩猟採取の次をアーティスト自らが模索して、
シェーンベルグにより現代音楽にジャンプしていくのであります。

ダンスも政治も経済も
所詮
この音楽や絵画、建築の変容の道を
未だ追いかけているのが現状であります。

日本はこの道を辿らず形だけの西洋を
明治と敗戦後に入れてしまったのですから、
元に戻り思考し再構築するあてがない状態に陥り、
様々な分野が閉塞感を感じています。

日本がヨーロッパと比べて
100年遅れていると言われるのはここに理由があります。

バレエでさえ、
未だにフランス語やラテンヨーロッパの文化・歴史を研究もせず、
そのまま記号化した用語を用い、
本来「所作」という意味のバレエを、
古来の日本人の体から現代日本人の体、
果ては全世界共通人類から再構築するわけでもない。

それに対し何も違和感を感じず、
バレエに対しては違和感を感じても、
今のイベント化した祭りを「祭り」と我々が安易に使ってしまう。
経済が行き詰まっているのに、
戦後の復興のよさこい祭り等が<街に元気を取り戻す>などと、
異常に子供チックな解釈の元に遂行されております。

経済とはほど遠く、テキヤと関係者の集いと化していても
その中にいる人間は井の中の蛙で、
気づきようもない現状であります。

これはジャズダンスから茶道、武道、ヨガect・・・
全てがとっても浅いものにどんどん作り変えられ、
消費され尽していく方向に向かってないでしょうか。

私が教えに呼ばれているヨーロッパの「ビヨンド」の活動は、
新共同体を実現したヨーロッパが、
次は更にアジアの知に謙虚に学び、
民族の違いから性差や善悪や死と生の垣根など、
全ての違いを、アートを通して超えていき、
いずれアジアに生まれる共同体と繋がる方法を、
身体を通して模索しようとする
ワクワクした取り組みであります。
其処に縁あって参加させて頂いているのは
大変光栄であります。

先に進んでいるヨーロッパでこのような企画を実践し、
ヨーロッパ諸国のダンサーやアジア諸国のダンサーが
共に謙虚に学ばれる姿勢には
大変感銘を受けるだけでなく、
私も活動基盤の「あらえびす」を通して、
一歩一歩道なき道を
フンドシを締め直して歩いていかなくてはならないと
更に自分に活をいれる勇気を頂いております。

今の日本人は、
自分の頭で広く沢山の正しい知識を得ようとする姿勢
環境から自分が興味を抱く分野の、
出発点・歴史と現状までを謙虚に学ぶ姿勢が欠落しており、
世間一般に通じる以外のもの、今の脳で理解出来ない情報を
「怪しい」と安易に片付けてしまうことが多く見受けられます。

これでは
世界からどんどん取り残されていく一方ではないでしょうか。

ですから日常の所作で進化しなくなった心体を、
何かの形で進化させていかなくては
新しい時代を生き抜く
新しい脳体を獲得できないと確信しております。

その為に、カンパニーハーツのレッスンは
様々な所作を例題にしながら、
今の我々の所作が
如何に違う丹田と繋がって使われているかを理解して頂き、

様々なエクササイズを駆使して本来の所作に戻すことで
如何に私達の正常な所作を狂わせる社会構造になっているかを感じて頂いております。

そこから体にある隙間を感じ取り戻し、
其処に初め、螺旋構造を構築させ
その後に正しい位置に五感を配備し直す。

それらの拮抗の為に、
三つの丹田との関係を新たに配備させながら、
様々な動きにチャレンジしていきます。

肝心なのは、
ごく小さな情報で大きく動ける足や手や言語発動を
構築し直すことです。
その過程で
必ず新しい社会形態のアイデアが
各自から生まれ始めていくのです。

そうしてそれをあらえびすの活動の中で
実践実験して行く事で、
小さな社会変革が生まれ、
これを国内外と繋げていくことで
必ずや
未来の危機に対応できる人間に進化させていくことが出来ると
信じております。

嬉しいことに二回目の「ビヨンド」の私のワーク終了後、
振付家のエミオグレコ氏が、
「貴方のレッスンは、
日常で進化しなくなった人間を
レッスンにより進化させようと試みているのか」
と究極の問いを投げかけてくれた事でした。

私は「その通りであります」と答え、
彼と抱き合い
彼の活動の「ビヨンド」と
私の活動の「あらえびす」との
一致点を見出し感じあえた喜びに感動しあいました。


この広い世界の中で
同じ事にチャレンジし合っている仲間がと出逢い
理解しあえたことは奇跡であり、
必然であると感じております。

この感動が、
さらに多くの人の阿頼耶識によって国境を越えて繋り
アート的な「新心体脳」を獲得した者たちによる、
日本で初の芸術共同体を創りたいという、わたくしの壮大な夢は、
小さな国連を創ってみたいと言うものであります。

活動を本格化した二十年前から様々な紆余曲折を通過して、
やっと新たなスタート地点に達したと感じております。

この山形に初めに創られる
<沢渡部落農業芸術共同体>から生み出される
作品や商品を通し
「表現している生き方」、「中台八葉の地が無意識に与える影響」が
訪れる全ての方々の脳を自動的に進化させるものに育ったなら
未来は希望に満ちたものになると信じています。


私の大好きな星野道夫さんは、
こんなメッセージを残されて亡くなられました。

「今こそ
早急に未来に繋がる新しい神話を創りださなくてはならない」

彼からの祈りを、
未来に繋がる新しい神話として、子供たちに手渡せる事で、
素晴らしい先人の軌跡を風化させずに、
更に進めさせたものにれば

私の尊敬する星野道夫さん、岡本太郎さん、
荒川修作さん、井上ひさしさんなどに、
あの世で喜んで頂けるのではないかと感じております。

道はまだまだ厳しく、
アップダウンが果てしなく続いているように感じられますが、
いつの日か必ず穏やかな時期が訪れると確信して、
今日もひたすら前に前に進んで行くのみあります。


内外で私のワークレッスンを真摯に受け止めて頂いている
レッスン受講者の方々に、
日本のネィティブとして生活され、
たくさんのヒントを与えて頂いている「入り部落」民の方々に
(現在も逞しく部落の生活に張り付き狩猟系生活者としてのアイデンティティー守られている私の大事な師匠達でもあります)

音楽や映像、宣伝、スポンサーの立場から協力頂いている
素晴らしいスタッフの方々に、
忙しい私を応援しサポートしてくれている家族に

心からの感謝と愛を込めてメッセージを

「本当に有難うございます。
共に未来に日本を残して行けるように芸術的生活時実践から切り開いていきましょう。
私は自分の持っている全てを出し切りこれからも精一杯頑張っていきます。
ぜひとも皆様全ての方々のサポートがあって成り立つ活動であります。
これからも宜しくお願い致します」


進化を自らに
どんどん仕向けて行く事にチャレンジしていますので、
もしかしたら明日には全く新しい知識が
阿頼耶識からメッセージを受け、
今回明文化した内容からはみ出しているかもしれません。
ここでお詫び申し上げます。

(2011.1現在軸を必要としない神経経路を巧みに操りそこに気の流れので動きをコントロールする左右上下二重螺旋筋交い構造におります。)


しかし、明文化するところまで二十六年かかり到達できたのは、
己の身体から導き出した知恵が、
ある程度不動な所まで構築され、
様々な先人がたどり着いたものと同じだという
確信からであります。

私ごときがここまで明文化したことを、
どうかお許し頂きたく思います。

弱小ながら多くの批判等も、文章に含まれておりますが、
それらは全てに自分が関わり感じた批判であり、
それこそが己が己に変革していけと
己の尻を叩くものであります。

この文章を読んで
批判されたと感じた方がいらっしゃいましたら、
この場でお詫び申し上げておきます。

あくまでも他力に変革を任せての批判でなく、
身体所作を進化させ、
変革出来る可能性を秘めている現日本人を
愛するがための批判であります。

それらを、
本来の位置に自らの力で導き出し変革させていこうとする
私の決意表明であることをどうにかご理解賜りたく存じます。


最後に、賛同いただける多くの方々との新たな出会いを、
内外での体の正しい使い方レッスンから様々な企画塾、
あらえびすの様々な活動を通して
心からお待ちにいたしております。

2009年、部落塾森林ワークに始まった内外からの参加は、
2010年には更に増え、
2011年からは、
日本古来の原始信仰によって支えられた
自然環境再生から生み出される
里山部落より始まる新しい株式会社の設立に向け、
急ピッチで活動を進めております。

里山に食物がなくなり肉食化する獣と我々との関係。
急速に進む温暖化による様々な自然気象条件との関係。
漢民族であり遊牧民であり共産圏である中国が、
世界を支配していくことにおける様々な問題点など。
私達の日本という存在さえも危うくしているからです。

私が主体となって活動しているあらえびすに
未来に日本を残すために投資して頂ける
太っ腹な方々からのご協力なくして成し得ることができません。

ソフトはほとんど揃ってきております。
あとはハードのみです。

私の活動によって、
何か不透明な未来に
僅かな光りが輝く可能性を感じて頂いたならば、
是非とも私と直接お会いして頂き、
この計画の細部に耳を傾けて頂ければ幸いです。

まだまだ未熟な為、
ひたすら地道に活動し続けていくであろう「あらえびす」を
どうか温かな気持ちで見守り、
応援して頂けますようお願い致します。